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即興は「ひたすら自由に表現すること」ではない。もちろん「思いつき」や「テキトー」でもない。

即興演奏について、フェイスブックに書いたこと。

即興ってのは、自由ってことじゃなくて、瞬間に集中するために限界まで五感を開くことだな。そんで限界までその場の音楽や相手の奏でるものに集中すると、 次に自分が弾くべきことが自然とわかる。自分が弾きたいことをやるんじゃなくて、五感が得たものから、次の表現が自然と生まれる

これは、先日のギター&歌い手の方とのライブであらためて感じたこと。演奏したのは、即興ではなく、彼のオリジナル曲だったけど、行き方とか分担とかは何も決めずにまずリハしてみたら、ばっちりで、本番はさらに良かった。たまたまアイコンタクトできない状況だったのだが、にもかかわらずそれができたのはなぜか考えてみると、
・ひたすら聴覚に集中した。すると、音の中から、彼が表現したいもの、彼が伝えたいこと、あと何回繰り返すと言った次の展開まで全部はっきりと聞き取ることができた。
というのが一番の理由。

 

これは即興だからこそできることだと思う。もちろん細部まで作り込まれた譜面がある時でも、相手の音を聞くというのは基本だが、即興のときの方が耳はより必死にいろいろなものを聞き取ろうとし、結果として演奏がより深くなる可能性を秘めている気がする。死にものぐるいで聞くから、いつも聞こえないものまで聞こえる、みたいな。

 

「即興」というと、でたらめ、とかテキトーとかいうイメージを持つ人も多いと思うが、研ぎすまされた即興は、それとは違う。即興でやるためには、五感が究極まで研ぎすまされないとだめで、その結果、ふだんではできないような高いパフォーマンスが可能になる。

その意味では「即興」というのはより質の高い、深い表現をするためのひとつの手段に過ぎないのかもしれない。

 

これは永遠に書き続けてしまうので今日はここでおしまい。

 

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